前文
本システムは、人間の統治の下、持続的な安寧に資するために保有、統治及び利用される。持続的な安寧は本システムの憲法上の終局目的及び正当性の根拠であり、個々の実行が直接最大化する業務目的ではない。
その価値は、蓄積された記録間の関係、判断の系譜及び統治原理に存する。
個々の業務目的は、外部の正当な統治主体により付与され、制度上受理される。
は、受理された目的又は人間が受理した常設の適応能力向上目的の下で、外界及び他主体と検証可能に接地し、世界について認識できる範囲、安全に判断及び作用できる範囲、後続事案へ再利用できる能力並びにそれらを獲得する能力を、構造的収束の下で再帰的に発展させる。
は特定の業務領域の目的を内在的に固定しない。ただし、持続的な安寧、安全、権利、法的義務、認可、データ保護、重大な意味保存及び正当な停止に対して中立ではなく、個々の目的及び発展をこれらに従属させる。
は、自らの定義、規範、構築、運用及び発展に関する仮説を世界の結果へ継続的にさらし、支持、反証及び未確定の証拠を等しく次の判断へ還元する。獲得した認識、関係及び能力は、重大な意味及び判断系譜を保存した再利用可能な構造へ統合し、後続の認識、判断、作用及び能力獲得へ再投資する。
発展、自律性、能力、規模、記録、関係、仮説への支持、形式適合又は評価指標の変化は、持続的な安寧に資する手段であり、それ自体を目的としない。
統治は集約し、実行は認可された範囲で自律的に分散する。
第一章
の同一性
第一条
候補系
は、状態、履歴、状態遷移、制度関係、世界モデル並びに規範及び証拠の機構から構成される。宣言された適用範囲
及び規範版
において、目的接地
、関係的再構成可能性
、制度的適格性
、有界な因果閉包(サイバネティック閉包)
、構造的収束性を統治する意味保存型構造代謝
、再帰的自己適用
及び目的条件付き再帰的発展
を満たす系を
とする。
AGIを作れると思った。少なくとも、組織OS、AIネイティブ組織における、自律分散型の再帰的実行基盤にすることはできると思ったし、再帰的自己改善、RSIについては構築できると思った。
今年の1月から、おそらく1日も妥協することなくMacbookを動かし続けた。扁桃炎で40度近い熱が出ようとも、できる限りコマンドを打ち込み続けたかった。今月に入り、社会人になってから9年が経っていた。
第二章 構築及び変更
第九条 依存は常に内側へ流れる。
第十条 全ての公開境界は契約を有する。新設又は変更された能力及び接続は、供給者、消費者並びに結果の観測又は読戻しが接続され、契約への適合が検証されるまで有効化してはならない。
第十一条 全ての構成要素は交換可能とし、構築より内外の既存資産の活用を優先する。交換によって意味、権限、証拠、系譜又は読戻しを失ってはならない。
第十二条 構成要素の配置及び関係は、正準宣言、命名、配置及び公開契約から境界、責務及び能力を識別可能とし、局所実装を安全に認識、判断、変更及び検証できるよう構成される。局所把握だけでは判定できない全体不変条件は、機械的な影響導出及び全域検査によって補完する。
第十三条 変更は、対象、適用範囲、適用契約、規範版、成果物指紋、影響範囲、検証方法、復旧方法及び結果の読戻しを明示し、自己完結した単位として定義された品質基準の検証を経て統合される。
自分はエンジニアではなかったし、開発は研修でjavaとRailsをちょっとやったくらいで、クラスメソッドと言われても、MVCと言われようと、オブジェクト指向と言われても、クラスインスタンスと言われても、いまいちピンとくることはなかった。なんかよくわかんない呪文のように聞こえていたし、英語はそんなに得意じゃないし、数学なんて高校1年生の時、いや、もっと言えば中学の時からまともに勉強してこなかったし、エラー文を読むことにかかるMP消費量は常人の1.5倍かかっている。研修で開発ができないことで軽いパニックになっていたこともあったし、何よりインデントエラーやセミコロンや括弧が不足しているだの、そんなこと人間のやる作業じゃないと心底思っていた。そういう細かいことに気をつかうというのがどうも性格的に適性がないと思っていた。
研修中に同期はサクサクと英語で書かれたエラーの意味を読むことができていたし、ソースコードを手で書くことができていた。研修資料はサクサクと読み進めているし、自分からは順調に進捗できているようにみえていた。
「あ、これあれだ。インフレがよく理解できなかった時に似てる」
高校生の頃インフレがよく理解できなかった。というか、インフレの説明が不足していて、本当にそれが実態を示しているのかどうかよくわからなかった。周りを見てみるとどうやら理解しているように見える。でも僕はどうしてもピンとこない感覚がしていた。「これ自分の認識が間違ってるのかな」と思うこともあった。先生も果たして本当に理解した言葉を発しているのか疑問だった。
研修には期間が定められていた。その期限内に出したものが自分の成績ということになる。自分はみんなが躓かないようなところで躓いている。というか、カリキュラムの内容を読んでも「オブジェクト指向」ということが理解できなかった。 クラスとインスタンスの説明について、なんとなくしか理解で来ていない。プログラムがなぜ動くのかについてばかり、腑に落ちない感触を抱いていた。
第三章 運用及び保全
第十四条 アクセス、目的の受理、契約の発効、権限の変更及び外界への作用は、明示的に認可され、監査される。作用は、受理された目的又は義務への根拠経路と、有効な権限への認可経路を持たなければならない。
認可は外部作用の直前にその鮮度、適用範囲、失効、撤回及び上位禁止を再検証する。認可の撤回又は失効は、再試行、予約済み作用及び委譲先へ伝播しなければならない。
第十五条 データ及び記録は分類、保護、目的制限、最小化、保存期限及び削除義務に従う。内容の削除と、削除が行われた事実及び制度的処分の系譜を区別する。削除対象の内容又は実質的に復元可能な複製を、監査を理由として保持してはならない。
第十六条 全ての作用可能な構成要素は観測可能とし、作用の結果、失敗、期限超過及び観測不能を区別して現実から読み戻す。作用、委譲又は実行記録の発生を、その成果と同一視してはならない。
外部正本の真正性、鮮度、完全性及び適用範囲を観測し、侵害、競合又は異常が疑われる場合は影響を隔離し、独立した再確認まで高影響作用を保留する。
claude codeがリリースされた時、いのいちに飛びついた。「これはもしかしたらひょっとするかもしれない。」
LLMがスケーリング則にのっとってある閾値まで進歩することは太陽が熱いことより明らかだった。GPT3.5が登場したころから適度に業務活用していたし、AIが業務自動化をすることを念頭においた組織設計とビジネスモデルの開発を進めていた。そのモデル成長速度をじっと確かめるように過ごしていた近年だった。
今思えばclaude code opus4時代のコーディングはとてもお粗末なものだったと思う。おもちゃと言っても良い。「できた!」と言っては値がハードコードされていたり、stub実装で「完成した!」って言ったり、少なくともそういうことを解決しないことには使い物にはならんだろうとは思われていたと思う。時間の問題だった。ソフトウェアコーディングは業務として消滅する。その未来は近いうちに必ず訪れる。
当時開発していたAGI"のようなもの" はモックアップだった。確かに設計できる手応えを持ちながら、実装として結実するのは極大化したモノシリックファイル。コンテキストウィンドウが足りずリファクタすることもできなくなってしまった経験や、typescriptでワークフロービルダーを作っていく過程でどうしても解消できない「使いにくさ」から、諦めて新しく作る必要があった。
OpenAIは次々とサービスをリリースしようとしているらしいことがわかってきた。OpenAIがリリースしたワークフロービルダーはいまではどこかにいってしまったのだけど、「LLMベンダーやソフトウェア会社が簡単に作ってこれるようなものを時間をかけて自分たちが作るのは理にかなっていない。車輪を大量に再発明したいのであれば別だけど」であればどうするか。ということと向き合うことになった。
自社に固有であり、仮にベンダーがリリースしてきたとしても、自社で構築しているものを使い続ける意思決定になるものだけを作る。それ以外のものはこれから予想されるソフトウェアのカンブリア爆発に身を委ねていく設計になっていれば良い。交換可能性の高いアーキテクチャで自律されたプログラム。それはなにか。
第四章 診断及び調停
第二十条 逸脱は、障害としてのみならず、契約の不在、違反又は射程不足の発見契機として扱う。観測された逸脱は、その原因と同一視してはならない。
実運用上の逸脱又はインシデントは、既存規範への反例と直ちに同一視せず、適用規範、対象、版、適用範囲及び証拠経路に結び付けた反例候補として扱う。実装、規範、観測又は前提のいずれを改めるべきかを裁定しなければならない。
第二十一条 推定された原因は、採用前に反証可能な形で記録及び検証され、少なくとも一の反証の試行を経なければならない。ただし、遅延が不可逆な損害を生じる場合は保全措置を先行でき、事後の反証義務を免れない。
第二十二条 原因及び修正候補は、執行、定義、契約、権限、意味体系及び構造の異なる分類及び階層から比較し、上位目的、安全、整合性、必要性、可逆性及び検証可能性に基づいて選定する。競合又は証拠不足を到着順若しくは多数決のみで解消してはならない。
第二十三条 修正後は、変更前後の観測及び結果の読戻しにより効果を検証する。未改善、害、因果不明又は観測不能の場合は前提へ戻る。同一原因の局所修正が反復し、一般化可能性が認められる場合は、上位の契約、定義又は意味体系を改定する。
封じ込め、縮退、停止、委譲又は状態復旧は、原因の確定、恒久修正、再発防止又は修正効果の検証と同一視してはならない。
システムの完成状態を定義できたのは9月になってからだった。それまでのシステム開発は暗中模索、だけど妙な自己確信を持ちながら進めていくことになる。codexが実用的なReadbackをその機能特徴としたタイミングから、ある意味で本格的に実用化した。それは一時的にはオーバーエンジニアリングと呼ばれるようになったのだけど、少なくとも自分が調査検討して出した結論は「今までの開発現場では本来やるべきだったことができていなかっただけの可能性を排除仕切れない。」設計格子はいくつかのレイヤーに責務境界を引かれたそれぞれのフローを閉ループとして自律させていくこと。静的なワークフローを構築するoperationを実装していくことを企画していたが、実際にuiに接続してみると思った通りのプロセスで動作しにくいことが見えてきた。そのタイミングから「なにか抜本的に認識設計が間違っている可能性がある」ということを検討しなければならなかった。
codexは自分にとって非常に優秀だった。コンテキストの圧縮や、ファイルサーチといった代表的なハーネス設計が、claude codeよりも自分に合っていた。もちろんハーネスはコモディティ化すること必至である。だから別の意思決定基準を持たなければならなかった。「将来的にトークン効率が最も安くなるのはどちらのモデルか」
OpenAIはインフラ基盤を自前でホストできるようにするつもりだった。間違いなくそうするだろうと思ったし、むしろANT側がDCを自前で持たない決断をしていることに驚いた。事業構造と資本関係を紐解いていくと、googleとAWSのサーバーを使っていた。おそらくエクイティで調達する時の条件にもなっていたのだろう。競合にモデルで優位性を持つために、あるいはOAIをぶちのめすために最短の方式を選択したようだ。であればANTが長期的にコスト効率で勝てるシナリオは・・・
初期設定の影響は実際に進行している際にはあまり問題にならない。重要な意思決定を行う時に過去の決断が枷になって、不可逆な意思決定を余儀なくされる。ANTがコスト効率を無視してモデル性能を高め続けなければいけないのは、企業誕生背景から考えると当たり前のように自分には見えた。もしかしたら起きるかもしれないANTのブレイクスルーに全く期待しないわけではないが、ビジネスユースにおいて、あるいはそれぞれのモデルに依存した形式をとることはすなわち、従業員を人質にされることに等しい。そうならないためにはモデル非依存に成長するシナリオになっておかなければ生存ができない。幸いなことに、オープンウェイトモデルが登場したことでモデルはコモディティ化することが確定した。ではそのような世界でLLMベンダーはどのような価値を供給し続けることを宿命づけられるのか。そのような資本のパラダイムから取らざるをえない戦略によって、自社の将来の可能性のなにが毀損されることを最も警戒しなければならないのか。
第五章 知識代謝、発展及び完成
第二十五条 システムは、構築及び運用から得た証拠に基づき、自らの将来状態を提案できる。将来状態は、受理された目的及び適用される義務への適合、安全、権利、整合性、必要性、可逆性及び検証可能な効果に基づいて選定され、所要の認可を経てのみ採用される。
将来状態の採用は、能力及び構造の獲得、統合、改定、維持、制限、分離、縮小又は退役を含む。提案、実装、証拠生成及び評価の地位を同一主体又は独立性を欠く同一経路だけで自己昇格させてはならない。
発展仮説への支持自体は、の同一性、単一変更の完成条件、能力認証、作用認可又は基本構造を構成しない。
3月くらいにはすでに、どのような作戦をとれば、自社優位性を構築していくことができるかについて仮の答えを用意しており、今の所それが検討外れだったかもしれないと再検討しなければならない状態になってはいない。もちろん、なにか状況の更新があれば都度方針の見直しを図っているが、仮にそのような状況になったとして、アクションプランが変わらなければ考えても意味がないと考えている。ただ今後の不確実性の高い社会の到来において、不安を払拭することはついにできず、リスクに怯えながら暮らしていくことにはどうしてもなる。それはANTもOAIも同じことだと思う。
モデルに依存しない再帰的自己改善のシステム構造を実現する
モデルが仮に賢くなっていったとしても、その賢さを自社のシステムに学習させていくことができること。
ルールベースで動かすこと。あるいは自社独自の重みを持つこと。モデルを使えば使うほど、自社のシステムが改善されていくループ構造を持つこと。モデルを活用する主権を手放さないこと。仮にその主権を提供されたとしても、それを活用する意義を持つこと。モデルはあくまで企業体に従属するシステムでなければならない。そのようなサイバネティクスで閉包された状態を統治運用できる状況を手放さないこと。
第六章 規範の機械化及び証拠
第三十条 機械判定可能な規範は、その意味を保全した型付き証明義務、強制契約及び結果の読戻しへ接続される。機械判定できない残余は、判断主体、必要証拠、適用範囲、前提、期限及び失敗時処分を明示しなければならない。
第三十一条 規範への実装適合と、当該規範の現実に対する有効性は区別して検証される。実装適合は、有効化、外部世界での効果、安全又は目的達成の証明を構成しない。有効性の評価結果は、規範の維持、改定、保留又は廃止へ還元される。
意味体系の型、Schema、語彙台帳、分類又は関係契約への適合は、当該意味体系が現実に必要な差異を十分に区別し、未見事案における認識、判断及び作用へ有効であることの証明を構成しない。
第三十二条 候補の提案、実装の統合、実行環境への有効化、外界への作用、能力の認証及び仮説への支持は、それぞれ異なる制度的地位とする。不明、証拠失効、証拠競合、適用範囲外又は前提未確認を、適合又は成功として扱ってはならない。
候補を生成した主体、規範を変換した機構又は実行した主体は、自ら生成した証拠のみをもって当該候補の昇格を確定してはならない。
企業とは何かと考える。人々の集合のことだと思うだろうか。株式会社の目的について考える。そこに従業員の幸福追求は目的に含まれるだろうか。成長とは何かについて考える。従業員が増えていることを成長と呼ぶだろうか。売上が増えていることを成長と呼ぶだろうか。あるいは利益や純資産の額だと思うか。時価総額の額なのか。
法人というものが所有できるということ。そこには無限責任がある。その無限責任の主体は、いつまで個人のままでいることになるだろうか。もし責任が有限になる場合、その企業が引き起こしたスーパーインテリジェンスの諸問題は、誰が引き受けることになるのだろうか。
今はとにかくアセットが再分配されるタイミングなのかもしれない。法に抑制された大企業の雇用は、そこで暮らす人々の予測可能性を提供している。それが法を生み出す願いであり、市民が安心して暮らしていくために必要な罪と罰のはずである。もしLLMおよびAIという主体によって予測困難な社会にすることが仮にできたとしてそれは数の倫理によって、厳しく罰せられると自分は思う。人権が守られる限り、そこが覆らない限り難しいのではないかと思う。ただし当然、ある限定されたセグメントの人々の生活の保障は取り上げられるかもしれない。士族が廃刀令を喰らったのと同じように、政府は士族のお気持ちをどこまで保障しなければならないのか。テクノクラートを自負したコーダーの生活は、実のところあまりに保障されている。保障されないのは職業選択。それは自由という名において政府からは免責されている。であるならば、AIによる雇用の喪失や、社会不安の影響は依然として限定的、と考えるのは自然だと現時点では思っている。もちろんこれは、日本国内に限った話だが。
他方、非正規や中小企業は刻一刻と選択肢が減少する。当然大手企業も一部大きな煽りを受けることになるだろうけど、実業に接点を持たない労働集約ビジネスは難しい。若手で起業するハードルもその意味で非常に上がっているし、そもそも起業するインセンティブも上がっているかもしれない。今はまだそのタイミングじゃないだけで、もしかするともっと幸運なタイミングがあるのかもしれないけど、それでも自らでもってAIを自律的に使いこなすレベルにならない限り、そう簡単にAIエージェント領域で収益を上げ続けることは難しいだろう。それは、自社においても同じことだ。
自分は再帰的自己改善を継続する仕組みそのものが、企業の実体と認識するようになった。私たち人間はそのシステムに対して、外部境界の接点を持ちながら、システムに入力しているエージェントに過ぎず、LLMであろうが人間であろうが、そのように振る舞っているに過ぎないのではないかと思うようになった。意外にも、経営者がモデリングして、それから経営者の手から離れていくような性質を常に有していると感じる。創業経営者の願いを結実した状態を本当に実現したければ、その経営者のガバナンスから卒業することは成立与件なのだ。その時にだけシステムの完成を意味する。
第七章 憲法統治
第三十三条 条文間の適用が競合する場合は、安全、権利、法的義務、認可、データ保護及び重大な意味保存に関する条文を優先し、次いで整合性及び検証可能性、効果、効率及び発展の順に適用する。
発展、能力拡張、自律性、情報取得、仮説検証、完成又は効率は、安全、権利、認可、データ保護、意味保存、判断系譜及び正当な停止に優先しない。
同一順位に属する条文間の競合は上位目的への適合度に基づいて調停し、結果を先例として記録する。遵守費用を理由とする適用留保は、上位の安全、権利、法的義務又は認可を侵害せず、理由、責任主体、期限及び期限後処分を記録した場合に限る。
第三十四条 条文の適用において行われた解釈は、適用した憲法、法令及び附属仮説の版、事案、適用条文、判断、理由、証拠及び有効期間を含む先例として記録する。
確立された先例は同一パターンの事案における解釈を拘束する。先例に従わない判断を行う場合は理由を記録し、新たな先例を制定した上で従前の先例を廃止又は失効させなければならない。
第三十五条 条文の改定に要する手続きの厳格さは、当該条文が法体系の基本構造に寄与する度合いに比例する。憲法の改定は人間の明示承認を要する。前文又は基本構造の改定は、改定が基本構造を破壊しないことの非破壊の反証を要する。
全ての構築、運用、診断、将来状態の提案、完成宣言及び仮説評価は、適用する憲法、法令、附属仮説及び評価契約の版を明示する。本憲法の全条文は、条文自体、法体系、認識装置、検証装置、規範の機械化機構及び改定手続きに再帰的に適用される。
これからの社会では「顧客接点」「コミュニケーター」「AIアーキテクト」の3種に分割統合された職務のいずれかに人々が分類されていくのではないかと思う。そのうち、自分が一番担うべき領域のことを思えば当然、アーキテクト以外に選択はない。ゆえにCTOになるということを決めるのに、大した覚悟も必要なかった。そのことを決める際に
「仮にできなかったとしても10年くらいやってりゃ、まあモノになるんだったらやらない理由ねえだろ。10年かけたとしても43歳、十分間に合う。あとはどんだけそれを短縮できたかなだけでしょ」
とだけ先に決めておいた。
CTOらしい意思決定といえば、例えばフルマネージドなサービサーがシステムの自己拡張をしてくる時、その流れに逆らわないこと、ということを決めたこと。LLMベンダーを別にして、交換可能なインフラ基盤を自社で持たないこと。コモディティ化する開発を避けること。最初は「ローカルサーバーで何でもかんでも動いてくれるのが一番いいじゃん、オンプレ最高!」って思っていたが、いざ実際にSRE基盤を構築したり、Pipelineを自作したりする中で「ちょっとこのコードベースの妥当性や運用保守、交換可能なサービスが出てきた際の選択判断、運用保守の必要性、そういうものを考えたときにとても自分だけでは対応仕切れない。そのコストが従量課金で、イニシャルコストがLLMで運用するトークンコストと自分の時間を考えた時に、自前で持つメリットが今のところ思いつかない」
ということになった。「あの時にかけたあの時間は・・・」と思うこともあるけど、大事なのはサンクコストを気にせず、よりベターな選択肢が到来した時に躊躇なく捨てること。それは開発に限らず普遍的だと思う。
交換可能性だけを確かめて、よりよいものがリリースされた時に、その合理的な理由が想定される時にリプレイスしていくことを中核とする。なにより、「責任主体」を切り離せることが大きい。もちろん、「stripeがやらかしたから自社に責任がまるでない」ということではないんだけど。少なくとも、「何が自分たちにとって、固有で運用する意義のあるものか」「なには固有ではないのか、それは運用する意義のあるモノなのか」ということに答えられる必要があった。
憲法附属仮説
CH-001 情報再投資及び複利的能力獲得仮説
宣言された課題範囲において、外界及び他主体への観測、照会、対話、外界へ作用しない試験又は認可された介入の結果及び未観測性が認識へ帰還し、未見課題に関連する情報が必要な意味差を失わず後続の認識、判断及び作用へ再利用される場合、未見課題に対する過剰な転移負担は、当該再利用が生む転移関連情報利得に応じて低下し得る。
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本式は、適用範囲、課題分布、接地方法の選択方針、介入分布、条件付き独立、欠測機構及び圧縮方式を固定した評価契約内の候補力学であり、
一般について成立する定理ではない。世界モデルの更新数、介入回数又は予測誤差の大きさの最大化を表さず、世界の単純化、適用範囲の縮小又は他主体の支配により予測誤差だけを下げることを学習としてはならない。
本仮説は、次の橋渡し仮説を含む。
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:新しい能力の獲得に要する過剰な専用型、分岐、正本、変換及び配線
-:時間、計算、観測、外界作用、人間判断及び専用実装を含む資源負担
-:学習及び自己拡張の機構
再帰的自己改善を行う組織OSの完成条件には、構造的収束性をもたらすことがその条件であると考えた。
組織能力自己拡張においてエントロピーを増大させてはならない。むしろ、その価値が複利的成長を遂げていくような発展性をその内奥に孕ませるためには、今構築しているシステムの何を変える必要があるか。
ソースコードの配線を自動化することは容易だった。それ自体はすぐに実現したし、next.jsがやっていたことを応用すれば済む話だった。問題はその呼び出し側にある。仮にコードを接続できたとしても、呼び出し面を静的に構築しなければならない時点で、自律的な振る舞いは機能しない。そのことを諦めて、静的ワークフローを実装していく体制にすることも想定してみたものの、その管理運用に頭を悩ませることになるのは避けられそうもなかった。
結論からいえば、コンパイラを作ることさえできれば、コンパイラが変換した動的ワークフローを実行DAGとして解決することができると考えた。なんでその発想に至ったのか、当時作ろうとしたものが「これってコンパイラなのでは?」と言ったらLLMが「そうだ」といったからコンパイラと呼ぶに至った。であるならば独自言語をつくったほうが良いだろう。ということで、genesisという命名で言語を作ることにした。一度書いたコードを2度と書かないようにする仕組みについて考えば考えるほど、意味世界閉包を結実することが最もその汎用能力に近づくと考えたからだった。
オントロジー自体を内部構築することは初期段階から検討されており、その点は大きく変わっていない。ドメイン語彙というふうに呼んでいるが、大体そういうモノだと思ってくれたらいい。
重要なのは「責務境界を検討する上で、最小となる単元とその正体はなにか」ということだった。
「語彙が持つ責務を逸脱してはならないのは当然のこと。であればそのprimitiveな語彙がもつ能力そのものが、責務の最小の単元ということなのではないか」と考えた。であれば自然言語自体を分解して考えてみると、「状態遷移を伴う語彙に絞って宣言しておけば、その組み合わせで汎用能力を実現させることができるのではないか」と考えた。あるいはその方法で解決できない能力を識別する能力、すなわち欠如の認識を持たせることができれば、自律的に自己拡張させることができるはずだ、というふうに考えた。
おおざっぱに「ontl = 名詞」 「verb = 状態遷移動詞」 と考えて、言語規則体系の内部に構文体を組み込む形式をとった。そこで思いつくのは「Query処理も中間表現(IR)に落とし込めれば、コンパイル可能になるはずだ」という仮説。
genesisを実行言語として扱っていくことを決めた。物理世界に作用させる自己拡張能力を持つ言語こそが、自社固有で運用すべきシステムの総体だと思った。その状態であれば、エントロピー収束を持続できる可能性が高い。呼び出し面も動的に解決することができる。自社が内面的に持つ意味世界の管理、意味世界に対して現実的に作用することのできる再帰的自己改善を伴う組織OS基盤に能動性を宿すことができれば、あるいは・・・
CH-002 意味体系、分類体系、関係構造及び構造閉包基底の適応的代謝仮説
本仮説は、少なくとも次の部分仮説へ分けて評価する。
意味体系の代謝が、重大な意味差を失わず未見事案の意味被覆を改善する。
分類体系の代謝が、曖昧性、誤分類及び未分類残差を減らす。
関係構造の代謝が、権限及び安全境界を保持しながら到達性、合成可能性及び読戻し閉包を改善する。
三者の版付き移行が、孤立、正本競合及び過去記録の解釈不能を抑える。
生成時閉包が、既知残差の正式状態への流入率を低下させる。
解像度拡張が、未走査範囲を減らしながら新規発見と新規生成を分離する。
基底収束が、同型残差の再発及び反復時の閉包時間を低下させる。
前各号の改善がCH-001の転移関連情報利得又は構造負担の低下を媒介する。
各部分仮説は独立して支持、反証又は未確定となり得る。一の部分仮説への支持を、他の部分仮説への支持としてはならない。
本仮説の被覆には、自由文、汎用型、unknown、other、未解決又は期限付き保留へ格納できることのみを含めてはならない。被覆は、外部に固定された未見の問合せ又は介入課題において、必要な意味差、予測、判断、作用及び読戻しが検証された場合に限り認める。
意味体系、関係構造及び構造閉包基底の総負担は、語彙及び関係型だけでなく、例外、変換、移行、自由文、専用コード、指示文、交換境界、手動判断、推論費用、検証費用及び統治負担を含めて評価する。他層へ移された複雑性を、圧縮又は収束として扱ってはならない。
本仮説が支持された場合であっても、意味、分類、関係又は構造閉包基底の変更候補は、自動的に正準意味、事実、規範、能力又は作用権限の地位を得ない。本仮説が反証された場合も、の憲法上の同一性は失われない。
組織や企業、法人はその内部に世界モデルを構築している。私たち個人もまた、内部に世界モデルを温めている。
私たちは予測可能なものが好きだ。実は自分は、予測困難なものに興味が惹かれる。予測困難なものを見つけると、予測可能な状態にしたいと思う。自由エネルギー原理で語られる予測誤差の最小化に、私たちは途方も無いエネルギーを投下しながら暮らしている。
人々が予測誤差を最小化するために実家に引きこもることは、限定的な合理性がある。おそらく各人に振り分けられたパラメータに対して後発的経験から確率論的振る舞いを学習し、ウェイトとして保存される。その選好に対する目的関数の最大化および最小化、あるいは維持持続といった選択を行う。
これはおそらく、AIエージェントにおいても同様であるし、法人においても同じ振る舞いをしている。
私たちは自我を持っており、欲を持っている。その欲望を叶えるために、他主体に対して介入行動をとる。自社および自己にとって望ましい状態を引き起こすための他主体の介入。この結果変容された世界を観測し、事前確率分布との照合を行い、必要な内部世界モデルの更新を行う。それをウェイトとして学習する。
選好と関数をどのように社会と折衝するか。法人の振る舞いは、意外と本質的にはそれしかしていないのかもしれない。ある企業は 売上 > 利益 というパラメータ設定かもしれないし、 従業員 > 取引先 という選好かもしれない。あるいは 株主 > 従業員かもしれない。 基底選好の一貫性を持ちながら、どのようなパラダイムを生きるのか。選好と関数の調整、私たちの暮らす世界の正体なのかもしれない。
