新しい朝が来た。希望の朝だ。そんな朝はなんとなくやってくる。ぬるっとした次の日常を迎えた時、僕はちょうど大阪にいた。
6月末をもって、5期目を折り返す。もう4年半も会社を設立しているのだ。そろそろ次のフェーズに移ったって、バチもあたらんだろう。かねてより計画していた新規サービスの目標を上振れた日だ。会社を始めて、4年半の間に立てた計画を達成することはついに初めてのことだった。
僕はこの日を「目標初達成記念日」とすることにした。記念すべき日だった。
これからの事業はどうなっていくのか。これからの事業をより強靭なものにし、プロダクト価値を高めるにはどうしたらいいのか。これをオペレーションとして再現性を高め、人員拡大するにはどうしたらいいのか。フリーキャッシュフローが生み出された時、そのお金を無理無駄なく効率的に活用するために、どのような資金繰りを計画し、どのように複数のプロジェクトを走らせれば良いのか。
客観的に見れば、解くべきお題の変化は明らかだ。だけど、大抵の場合そのようなお題に直面することは、意外ともっと前の方から明らかになっているものだ。
将来的にそのような課題に直面することを踏まえて、どのように事業化していくのか、ということをひたすらに考えた。線形に事業を伸ばすのではなく、収穫逓増型に事業開発するためにはどうしたらいいのか。マーケットニーズに合わせて、顧客期待を上回り続けながら組織作りをするために、どうならなければならないのか。
そのような変化の中で一番最初に始めたことは、意外にも「良い革靴を履く」ということだった。
おかげさまでかかとは靴擦れを起こすし、足の甲は革靴に噛まれて血だらけになるし、散々な思いをしたが、「これがスーツビジネスマンの苦労の一つか」というふうに思えばどうにでも我慢できた。
僕はみんなに「ちょっといい革靴」を履いて欲しかった。それは豊かになってほしいという気持ちだけでなく、なにかこう、「デキるビジネスパーソンは革靴を愛でる」といった偏見があったし、もし目の前の社長が相手の身なりを舐めるように見てくるようなタイプだった時に、そのような社長から一目置かれるような存在になってほしいと思ったからだ。それと、「ちょっといい靴を履く」というのはなにより、成功者風の人がしきりに言っているのだから、なにかしら理由があるのだろうと思った。
値段にして7~10万円の中価格帯であれば、それなりのサラリーマンでも履いていておかしくない金額だと思う。大手企業であれば、ボーナスを駆使して1~2年かけても余裕で揃えられるレベルで、新卒の時に買ったスコッチグレイン、リーガルからもうワンランクあがる、みたいなイメージだ。今回自分が買ったのはそのラインナップで、3~4足揃えるとしたらここを中心にデッキを組むことを積極的におすすめしたい。自分は、そうやってデッキを組んだ営業メンバーから「社長もそろそろジョンロブとエドワードグリーンを履いてくださいよ。自分たちも後から行くんで」って言われるようになれたら、きっと嬉しいんじゃないかと思う。
良い革靴を履くということを始めたのは、目上の人も含めた、採用を考えてのことだった。社長自ら営業することはそんなに多くないかもしれないけど、社長自ら採用することはほとんどの場合、免れられないものだし、無くすつもりもない習慣によるところだ。営業パーソンが受注率を1%でも高く上げようとあの手この手を尽くして至るビジネスマナーを、社長が身につけていないことが少しでも明らかになってしまってはいけないのだ。優秀な営業パーソンが採用時に自分を売り込む時、その商品が本当に良いものと言えるかどうかを同時に判断している。それと同じように会社を観察し、この社長は本当に自分の能力や時間をかけて売り込むべき人間なんだろうかと考える。
ひょっとしたら「(この社長はいくらのスーツを着ていて、パターンオーダーなのか、フルオーダーなのか。何色のスーツで自分と相対しているか。時計は何をつけているか。ロレックスをつけてはいないか。革靴はしっかり磨かれているか。スーツの着こなしで失点はしていないか。ワイシャツは毎日クリーニングにだされているか。シャツの柄がズレていないか。立ち振る舞いや所作は問題なく優れているか。)」そういうことを相手は見ているかもしれない。
そして、そういう人ほど、採用すべき人材だとしたら。そう思った時、僕はいてもたってもいられなくなって新宿伊勢丹に飛び込んでいった。
今までの自分はそういう意味で、とてもエゴイスティックな人間だった。だけどこれからの事業のことを真剣に思えば思うほど、自分の所作や身のこなし、自分の身なりや言動について、細心の注意を払うべきなのではないかと思い始めた。そのような観点にたった時、初めて社会で最適化されているビジネスマナーがなぜ大切とされているかを理解することができてきた。自分がそのような身のこなしをするのは、本当に事業を伸ばしたいからなのだ。「この社長は自分のことが大事なのか、事業のことが大事なのか」を真に問うのは意外とこのような日常に現れているのかもしれない。
そう思った時、今までの自分をひどく反省するのだった。そしてその度に、お客さんの店舗で買ったグランドセイコーを、これからも大切にできるような気がしてくる。GMT付きのSBGM221にしたのはお客さんのアドバイスを素直に聞いたからというのもあるが、なによりこのGMTがいつか役に立つような人間になりたかった。
これらは自分にとっておまじないで、そのおまじないのためにお金を払うことくらいわけもないことなんだと思いながら。