世界の輪郭に溶ける

社会とうまく馴染める距離を探しています

成果発表で負けた話と新規事業に異動する話

昨日、成果発表大会に負けた。

勝ちにいくことをしないと高らかに宣言しておきながら、プレゼン資料の作成をしていると、徐々に心境の変化があって、「これで勝てなかったら自分の頑張りが報われないんじゃないか」という気持ちになった。
結果でいえば全くそんなことはなく、ただの自分の思い違いだった。昨日は同期とパーッと打ち上げをして、その後早めに寝てしまったのだけど、夜中の3時に目が覚めてしまい、そこから7時まで寝ることができなかった。

その時に考えていたことでもかけたら良いのだけど、うまくかける自信がない。ただ、書いてみようという動機だけは湧いてきたので、その気持ちの赴くままに書いてみる。

 

 

それともう一つ、環境の変化があったのでそろそろブログを書きたかった。ベースは以前の記事「 明日には昨日思っていなかったような成長があってほしい」の続き。4月から新規事業Gに異動することになった。

前々から、「この仕事が終わったらバックオフィスの方か新規の方にいきたいなー」みたいなことは思っていたけど、この仕事の終わりを待った方がいいのか?でいうと答えはNOで、同期や友人が続々と新環境にチャレンジしていく中で、停滞感を味わいたくないし、それ以上の成長角度を実現したかったらアンコンフォートな環境でもがいた方がいいと思った。「きついと思うよ」っていうGMの言葉は正しいのだけど「そんなこと言ってられない」のが本音だ。

 

なんともいえない喪失感は、まるで長年付き合っていた彼女と別れてしまったような感覚に近いのか、初恋の女の子のことを思い出している感覚に近いのか。あるいは学生団体の代表の任期が満了したときの喪失感に近いのか。高校や大学を卒業した時の感覚に近いのか。。とにかくそんな心持ちだ。

 

 

今の思いは2月に書いた時から変わらず、「今この仕事をやりきることを重視するか、それとも今経験しておかなければならないことを経験することを重視するか」の二択でしかなかった。面白いのは、僕は「この時は必ずそうなる」というものと「これはもしかしたらそうならないかもしれない」の区別が直観的についているように思えることだ。例えば後者であれば「第一志望に合格しない」ことを直観していたり、「成果発表で勝てない」ことを直観していたり。前者であれば「必ず今の会社に入社できる」という根拠のない確信だ。今回でいうと、「僕は必ず異動になる」ということを直観していた。まるでスクワラが自分の死を直観しているように(この例えは今のシーンにそぐわないように思うけど、おそらく僕も自分の死に際を直観することになるのだということを言ってみたかった)
その直観はブログの書きっぷりに現れていて、それを振り返ってみるのがちょっと楽しかったりする。

僕はこの自分の確信を企画に対しても直観しているような気がする。もし仮に、そんなことができたら100発100中なのだけど、「無理そうだ・・・」と思っているものが本当に無理かどうかを確かめるためには「実際にやってみる」以外にないので、この直観の精度を高めるためには必ず失敗を経験しなければならない。
逆に、自分の場合は「自分の直観を外した」時に謎の脳汁が出ているような気がしていて、それを必要以上に求めているようにも思う。以前誰かが「仮説検証ジャンキー」と表現したように、あらゆるものを検証しながら生きるというのは僕の生き方のうちの一つになっている。

 

 

一つ、新人時代を経てわかったことがある。それは「自分がその時はできないと思っているもの」は「意外とすぐにできるようになる」ということだった。

ちょっと無理そうだな・・・と直観していることは、「その時点での直観」であって、「3ヶ月後の自分の直観」ではない。この認識のズレを起こしていくことが僕が体感できる成長となっており、その認識のズレを一つ一つ検知していくことで、何ができるようになって、何がまだできていないのかを解像度高く理解していくことができる。

それはもちろん、自分が明確に定めている"登りたい山"とその旗印と照らし合わせていくことでしかフィードバックされない。


うちの会社でよく語られるキャリアの考え方は、大きく二つに大別されており、"川下り型"と"山登り型"と表現される。
川下り型はその時々の状況に応じて柔軟に行き先を変えていくようなイメージで、

山登り型は目標から逆算して今必要なことを選択していくイメージだ。

僕の場合はどちらかというと山登り型に大別される。なんだけど、具体的な選択肢は川下りのように、その場その場の状況に応じて変化しうるものだ。イメージとして適切なのは、「山の登り方にもいろいろある」ということで、崖から登るのか、それとも既に舗装された道を行くのか。ロープウェーを使うのか。その選択肢の中からどれを選び取るのかは、僕が定めたコンパスに従うにすぎず、合理性や感情というものは影響していない。それ自体が他流試合を見ているような心境だ。そして必ずその道中で金ピカを拾うことができると思っている。今回の僕の金ピカは商品企画だった。

僕の喪失感はもしかしたら、「我が子のように育ててきた企画商品を手放してしまう」ということからも生まれているように思う。「会社サボって京都に行った」あの時、新規事業立案の企画を辞退して号泣したように。僕が育てた企画はまるで第二の自分のように僕の想いを投影している。とはいえ、自分のコンパスが違う方向を指してしまった場合、僕は非情な決断を下さなければならない。それは周りからみて一貫性のない奴だと思われるかもしれないが、僕の中では至極真っ当な道のりだし、きっとこれからもそうやって生きて行くのだと思う。

逆にいえば、第二の僕が一人歩きをし、そのまますくすくと成長していってくれるかもしれないことを直観したからこそ、今回の成果発表会に対してある種の目的達成を感じているのだと思う。また、「僕自身が経験した綺麗なシナリオの裏側にある何度も折れてしまいそうになる壁」を審査員である役員の方々がとても深く理解してくださっていることを実感したこともあるだろう。新人バッヂのついた1.5年目程度の僕が苦しんだ経験の何倍もタフな失敗経験。その時のドロドロとした感情、それを飲み込んで戦って、それでもうまくいかない、というリアリティ。役員の方々と会話した時にその体験談がまるで手に取るように伝わってきた。それは自分が過剰に孤独を感じていた痛みを分かち合ってくれているようだった。

「君には企画マンとしての才覚がある。企画者において一番大事なのはめげずに自分の企画を突き通して行くこと。自分が実現したいことのためだったら靴でも舐めてやるといった覚悟。そういうのを感じる。もう少しズルさと我慢を覚えると良い。ズルさっつーのはテクニカルなものでしかないから、すぐに身につく。我慢は優秀な企画者が周りからボロクソに叩かれている時にどうしなやかに対応しているか。時には周りの意見を全く聞いていないくらいがちょうどいい。そういうのを見させてもらうといい。」

"目的のためになら手段を選ばない"までの気迫は実のところまだ今の自分にはないと思う。それが自分のコンプレックスにもなっている。もう一つ、めげずに突き通す力って言われても、裏側では何度も弱音を吐いていたと思うし、その度に周囲の人にはもしかしたら迷惑をかけていたかもしれない。ただ、それでもやるんだと僕が奮い立つのは、登りたい山があるからに他ならない。

もしかしたら勝つことのできなかった僕を慰めるための言葉だったのかもしれないし、それ自体を疑うことを否定はしない。ただ、僕が感じた「本気で言ってくれている」あの熱量は僕だけのものだし、僕がそれを大切にしていけたら良いと思う。

また、企画っていうのは10戦1勝で御の字という風にも伺った。その1勝でさえもクローズになって、手柄が残らないのだから、企画者として生きて行くというのは本当に胆力のいる仕事だ。だけど、未来を作れるのは、限られた優秀な企画者だけなのかもしれない。もっといえば、限られた創造性を持った人たちだ。

 

僕はきっと、そのようにして生きていきたいのだと思う。企画という仕事は僕が「第二の自分」と表現したように、生き方こそが企画なんだと思う。
その実現能力をより高めるために、修羅場経験を必要としているのだと。
もしかしたらこれから行く部署は修羅場にしては甘いかもしれないし、本当にきついところなのかもしれないし、起業家が命の次に大切とも言える株式を燃やして生きているのと比較したら、生ぬるい話なのかもしれないし、そういうのはよくわからないけど、


「なにがなんでもなんとかする力」をどういうソフトスキルな形で落とし込むかを自分なりに考えながら、一つ一つ進んでいけたらいい。今の上司には「コンセプチュアルなスキルを磨け」と言われていて、それ自体がよくわからないけど、あいまいで複雑性の高い状況から勝ち筋を見出していくような経験ができたらいい。あるいは、本当にしんどい時に粘り強く戦い抜く精神力が身につくといい。

僕が仲良くしている同期はみんな転職したり、新しい挑戦をしにうちの会社を卒業していった。すごく寂しいけれど、辛い時に慰めてくれたり、時には厳しいことをいって奮い立たせてくれる彼らと一緒に、日々高め合いながらお互いの補完関係を強固なものにしていけたら、もしかしたらそれだけでいいのかもしれない。