世界の輪郭に溶ける

社会とうまく馴染める距離を探しています

会社サボって京都に行った時の話

 


「どうして人って自分が理解できないことに対して寛容になれないんだろうね」

会社をサボろうと思ったわけじゃなかった。今日だけは一人になりたいと思った。
自分の割り振られている仕事はこっそりやっておくつもりだった。
なんだけど、昼すぎには東京駅から広島行きの新幹線に乗っていた。
大学生のときはこんな簡単に乗れなかったのに。少しだけ大人になった気がした。


なんで京都だったのだろう。多分、その意味は無意識の自分にはわかっていて、
意識の自分にはわかっていない。
思えばいつもそうだ。いつも無意識の自分は答えを出している。
懐疑的な僕だけが、無意識に出した答えを理解できずに苦しんでいる。
無意識の僕は僕よりも僕のことを理解している。なんでなんだろう。僕はいつも僕に負けている。


京都についたらとりあえず清水寺に行こうとだけ決めていた。
京都駅から歩くと30分以上かかってしまうけど、歩いていきたかった。
ただ歩きたい時もある。その時はそういう気分だったのだ。

 

 


清水寺は植民地になっちゃったよw」

Tは、「清水寺に日本人が全然いない」と驚いた様子の僕に向かってそう言った。
京都についた時、一応連絡しておいたほうが良いだろうと思った。
Tから「急にどうした?」と返信が来たので、 
「確かに急だったわ。なんか一人になりたくて」と言った。
するとTは何かを察したように
「19時から会おうよ。なんか食べたいものある?」と聞いてきた。
僕が「お好み焼きかもんじゃ」と注文したら、「もんじゃは東京の食べ物やからw」と笑われてしまった。

もんじゃは東京の食べ物なのか。
もんじゃとかお好み焼きとかはなんとなく関西発の食べ物なイメージがある。
本場のお好み焼きはやっぱり広島なのかな。
よくわからないけど、関西に来たら食べるべきものってその辺なんだろうなって思っていたのに。

 

 

 

「よくわからんのだけど、多分おれ社会人向いてないわ」

Tは呆れた顔で「今更?」とだけ答えた。
僕は恥ずかしくなったのを隠すようにビールを飲んだ。
「そんなことはわかっているんだけど、なんかほら、そういうことじゃなくてさ。向いていないことなんて百も承知だったよ。だけど自分はそれが自分の課題だと思っていたから。克服すべきものだと思ってた。昔から社会性のなさで怒られてばっかりだったし、大学入ってからもそれは変わらず指摘を受けるばかりだったから」
「りゅーちゃんにそれは無理だと思ってたよw」

僕もそう思っていた。だけどそれでもきっと何かを変えるためには、多種多様な方々と協働することが求められるのだと。そう考えた時、社会性のなさは致命的だった。
「・・・まぁ確かに、いまこうしてここにいる時点で克服できるとは言い難いね。笑
 Tはどうなの?こうして今自分の事業やってるわけだけど。俺と似たような課題感じていたわけでしょ?」
「もちろん全くできないよね。絶対無理!ってわかってたから半年で辞めるつもりだったしね〜。
 ただ私の場合は成功体験があったからさ。大学時代に。それでイケる実感があったよね。まあ、最低限のお金さえ回っていれば潰れることはないしね。」

僕は店員さんが焼いてくれたお好み焼きに青のりをかけてから、ヘラで4等分にした。
「絶対無理かあ。それ、いいね。俺も決め切れたら少しは楽だったのかもしれん。だけどやっぱ、難しいわ。」

Tは4等分にされたお好み焼きをひとつ取って、息を吐いた。
「なにがあったの?」

 

 


 

お店を出てから、「これからどうするつもりなの?」と聞かれたので
「漫画喫茶に泊まるつもりだよ。あ、それか温泉の付いているホテルとか、今から入れないかな?」と言った。
「明日みんなで温泉いくよ。学生の子達連れて合宿すんのよ。宿泊費とか食事代とかはうちで持つから、メンターやってくれない?
明日には帰るつもりなんだっけ、帰るの明後日になっちゃうけど。」
「温泉・・・宿泊費タダ・・・」
すごい魅力的だった。でも急に押しかけてそこまでしてもらうのは申し訳ないと思ったので、
「いやさすがにおれなんかがメンターとか、大丈夫か?これ・・・なんかみんなきまずくしちゃいそう。。」気を遣ってみたのだが、
「なにさっきからうるさいわ!こういうのは流れで行くもんだろ!そういう旅なんじゃないの?今回は!」と怒られてしまった。
こんだけ勢いのある感じなら、確かにスパパーンと会社を辞めて事業を興すくらい容易いんだろうなと僕は思った。
今日はTの家に居候させてもらうとして、合宿に参加させてもらうことにした。

 

 


「自分のやりたいことを実現するためだったら、政治的な動きだっていやだと思うことないって言ってる人がいてね。その人の気持ちがよくわかる。
 今京都の行政トップの人たちとお話する機会あるけど、そういう人たちの理解をいただくのとかって、自分の事業のためだったら苦じゃないよ」

いつから僕は人から好かれることが苦手だと思うようになったのだろう。
いつのまにか、目上の人はみんな自分のことをいけ好かないやつだと思っていて、
余計なことを口走るくらいなら、会話せず穏便に済ますほうがいいと思うようになった。
みんなから気に入られて、それでコトがうまく進むのなら、どんなに生きやすいだろうか。

自分は人からどう見られているかに対して無頓着なままだった。
ものすごくくだらないことだと思っていたし、気にしても仕方がないに決まっていると思っていた。
みんなが意識せずに行っていることを全くしてこなかったから、まわりからどう思われているのかを意識することがまるでできないらしい。
それに今だって、心底どうでもいいと思っている。自分の価値を人に決めさせてしまって良いのだろうか。それは僕に対して最も無礼な態度に思う。

 

でも多分、目上の方々は僕が苦手だと思っているほどには僕のことを苦手としていないのだろう。
きっと僕が歩み寄り方を知らないだけで。

 

 

 


奥嵐山から望む京都の景色はとても奥ゆかしくて、いつまでも眺めていられた。奥嵐山にはちょっとした小屋があって、ベランダみたいなところから景観を味わうことができる。
ボケーっとした顔で座布団の敷かれたベンチに座っていると、住職のおっさんが僕の隣に座り、京都のことや奥嵐山のことについていろいろ教えてくれた。四条にある木造カフェでブレンドにウィスキーを入れて飲むとか、でもおっさんはウィスキーを水割りにしてそのまま飲むとか。ブラタモリで紹介されたとか、夏目漱石がここで昼寝して帰ったとか。
14時になった時、僕の隣で法螺貝を吹いてくれた。宗派によって吹き方が違うらしいのだけど、どこがどう違うのかまではわかりそうになかった。


比叡山に行きたいの?今が一番のチャンスだね。本場の比叡山を体験できますよ。」住職のおっさんは言った。
「本場ですか?本場というと・・・」
「修行僧が登った比叡山だよ。2月は寒いし、ロープウェイが動いていないからね。バスも出てるけど、864mを歩いて登るんだ。修行になるよ。」
「それは過酷ですね・・・いまから行くと登り切れなさそう。」僕は残念に思った。

これは無意識の僕と意識の僕が対話をするための旅なのだから、もっと旅らしいことをしていいのかなって思った。さすがに歩いて登るわけにもいかないから、ひとまず夜行バスの予約をして、それから京都駅でレンタカーを借りて比叡山を登ることにした。

 

 


「これからどうするつもりなの?」僕は言った。
比叡山の頂上から見える夕暮れの景色の美しさに言葉が出なかった。
奈良まで続く京を一望できた。
この景色こそが権力を象徴していた。
僕はこの平地に思いを馳せた当時の人々のことを思った。
ある人は太平を願い、ある人は戦乱を望んだ。
比叡山を焼き討ちするくらいの器量は僕にはないだろうな。
僕は彼の方がバグっていることに少しだけホッとした。
「それよりはいくらか、だいぶマシだよな。」

京の反対側の景色も好んだ。どこまでも山脈の続くような予感が僕の想像の世界を掻き立てた。すぐそこに琵琶湖があって。つくづく京都はいいところだなって思った。この景色をいつでも見られるなんて。

これから東京に帰る。
そう思った時、 Tの家のドアを開けた6階からの景色を見て
「うわ、すごいねこれ、Tにとっては見慣れた景色かもしれないけど、俺にとってはすごい貴重なものだよ」と言ったことを思い出した。

Tは「知ってるよ」と満足げに笑った。

 

 

 


Tの部屋には今だに世界史の教科書や政治経済の用語集が置いてあって、僕たちはそれを手にとって
「うわあ、いまやったらすげえ理解できるのに。。東インド会社とかって、もう、そりゃそうするよね・・・」
「政治経済もやってたの?あれ、二次試験って、文系2科目? うわ、すごい、ケインズの説明。みてこれ。この一文にケインズ政策とその課題点書いちゃってるよ。」
と盛り上がっていた。

知らないものに対して関心を持つことは難しい。
僕は勉強が苦手で、覚えなければならないことを覚えることができなかった。
そんなことよりも日本史のwhyを解き明かして行くのが好きだったのだ。
「なぜこの絶望的な状況下で戦争に踏み切ったのか。教科書では陸軍の勢いって書いてあるけど、それだけで本当に説明つくのかな?」

いまだからわかることが受験時の記憶から解き明かされるのが面白い。
アームストロング砲を答えとして書かせる大学があって、当時は「なんだこの重箱クソ問題」と思っていたが、
その答えを書かせることで戊辰戦争の真意を解き明かすきっかけになっていることに後から気づくことがあるといったように。

無駄なものっていうのは実はそんなにないのかもしれない。
それを解釈、活用する力がないだけで。

 

 

 

 

国際会館駅からバスで30分ほどの旅館から帰ってきた。
改札前で「これからどうするつもりなの?」とTは言った。

「ん〜どうしようかな。帰りのバスまでフラフラしたいな」

「いや、そっちじゃなくて。辞めちゃいなよ。会社」

彼女は僕よりも僕が今一番欲しい言葉を知っている。