世界の輪郭に溶ける

社会とうまく馴染める距離を探しています

自分が描いているレールの行方は思っているよりもあてにならない

2016年は自分の見えている世界の限界に絶望して、どうしたらいいかわからなくなった年だった。

人間が生み出した言葉というコミュニケーションツールは不完全であり、僕たちはこの不完全なコミュニケーションを続けているからこそ、おおよそ人間関係に問題が起きたり、悩んだりしているのだと。世界を構築している最小単位は言語であり、言語によって生まれた合意形成であり、合意形成によって生み出された人力であった。これが今の僕たちの社会を豊かにしているモノ、具体的にいうと家やビル、道路や線路を敷設している。iPhoneもそうかもしれない。アイデアを持つ人だけで商品を生み出すことはできず、そこには必ず役割を分担し、組織総出で動かすパワーがなくてはならない。その意味において、合意形成は社会を構築しており、その最小単位はひとつひとつの言葉なのだと。
合意形成は時に暴力が用いられることもあった。現代はもうちょっとマシだが、本質はあまり変わっていない。合意形成は高尚な文脈による、言葉を選ばずにいうと"政治的"な合意形成が主役であり、それは決める者と決めることを扇動される者の見えない長く深い階層が横たわっていることを意味しているのかもしれない。それが悪いことであるかどうかはおいておいて、そのような解釈は存在しうるだろう。つまり、僕はそういう類のバイアスでもって、社会を眺めている。

 

 

2017年は、それでもブレない自分の芯を持ちたかった。なんだけど、ブレない軸を決めるということは、その時点で「もしかしたらなれたかもしれない自分の未来」を捨てることを意味するんだと思った。僕はそのことに後髪を引かれながら生きていた。
そこには少なからぬ痛みが伴った。海辺のカフカで言われたような砂嵐を耐え続ける期間があった。この砂漠の社会で巻き起こる砂嵐に埋没していってしまう人もいるかもしれない。それほどに、かなりキツイ体験だった。
僕は、この激動の1年間に思う「ねばならない」によって、思っている「ねばならない」ほどには「ねばならない」わけではないことを知った。

というより、おそらくだけど、「自分の思うこうなっておいたほうがよい」あるいは人のいう「できたほうがいい」ことは、大抵あてにならない。なぜならそれは、環境に大きく依存してしまうからだ。

 

僕はいまUXプランナーという職務に就いているが、職務がざっくり決まった当時の僕はUXっていう言葉のニュアンスを履き違えていたと思う。「それは自分が向いていることのなのか、自分がやるべきことなのか」をあまり理解していなかったし、それ自体は狭義なビジュアルデザインを指していると思っていた。でも今僕が担当している役割は、ビジネス的だけど、それよりももっと概念的な仕事であることを知ったし、その意味ではもしかしたら今社内に存在している仕事の中でも伸び率が高く、向いているのかもしれない。特にUXには専門的な学問分野が存在しているわけではない(現状の日本では)し、エンジニアリングに比べて専門的に尖っているわけでもないから、未経験の僕が「ITサービス業」に開発側として携わるとしたら、ポジションとして都合が良かったという意味もあるだろう。

そもそも、僕たちは社会的に定義されたスキルの概要をあまりよく理解していない。しかも、それらを理解するのは割と難しい。だから見かけ上の「フロントエンドは割とできた方がいい」的なこととか、そういうものはたしかにそうなんだけど、「そんなこといったらおよそスキルを冠する定義上のそれぞれは全て出来たほうが良いと言ってしまえるのでは?」という話になってしまう。

ということは、僕たちができることとというのは、「環境による必要性に応じて身につけた何かを応用していくことしかできない」のではないか、という話になっていくか、もしくは、「必要性を要する環境を自ら構築するか」のどちらかでしかないかもしれない。

 

環境による必要性に応じて身につけるスキルは学習効率が良い。大抵この手のスキルは必要性のハードルが高いからこそ、自分にとって本当に身についているものなのかどうかわからない。しかも相対比較によって自分の立場が決まるとなると、「自分ってまだまだだなぁ」と思わされる。だから後になって、「あー自分はここまで登ったんだ」って気づくものなのだと思う。山登りに集中している時に背後の景色を見ようとは思わないのと同じように。

それと同時に、型があるとその後の成長角度を上げられる。なまじ我流で通用してしまうということは、パワーだけでホームランがでるが、手首をこねるクセによって、変化球に対応できないとか(かなり適当に言ってるけど)右足でシュートが打てないと大事な局面で点が取れないとか、そういうことにつながってしまう。
一年目がまず学習にコミットすることを求められるのはそういうことなのだと思う。我流で短期的に出せる成果はあるが、その成果にあぐらをかくといずれ挫折してしまい、そこで躍起になってしまうともう最悪のスパイラルになる。

僕たち新人は、自分が出来るということにあまり自信を持ちすぎると大抵どこかでコケるように出来ているのかもしれない。勿論、そうでない人もいると思うけど、あくまで一般論として。

 

後者の機会創出は、前者のような、学習の型が存在していないというリスクがある。だからこそ、自分自身がこの守破離を堅実に律することが必要になる。当然、そうするのもよいかもしれないが、もし世界に突き抜けたいのであれば、多分だけど、後者を選択したほうが良いのかもしれない。その世界にレールを敷いてくれる人は存在しないし、自分で敷かなくてはならないのかもしれない。でも、多分世の中に存在しない価値や俗に言われるイノベーションといわれるものは、そういうあいまいさや不確実さに耐えた集合体が生み出しているのではないかと僕は思う。もしかしたらうまくいかないかもしれない。というより、うまくいかないものだと思う。

こうして環境は僕の意志とは無関係に変動し続ける。一発留年してしまったら、今のこの状況が生まれてなかったように。


だからこそ、この後者の選択には覚悟が必要であり、その覚悟は明確な目的と強い意志が必要になる。僕は今、2016年の自分がそのための助走をしていたことを知った。自分が今何をしているのかということは、今その時点ではよくわからず、後になってここにつながったって言えるものなのはどうやら本当らしい。

 

「開発がわからないと開発の人が集まらないんじゃないか。だから自分ができるようになるんだ」って思って動いていることは僕にとって、あてにならないことだった。

 

 

 

ただひとつだけ、本当にあてになったことがある。

 

それは、こうして自分と向き合い続けることと、それによって自分の器を広げ続けられたこと。その一つ一つの価値観が、僕の血肉となって生きていくこと。

開発の為の開発スキルというような打算的な思惑から湧き出た気持ちよりも役に立つものは、僕が僕として生きる理由の開発だった。

 

僕は今、なれたかもしれない未来の可能性に生きる自分と別れを告げ、僕が僕として生きる理由と共に生きることを選択している。