読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界の輪郭に溶ける

私という概念をいかに物語り、私を捨象していくか

勉強の効用について

後輩に勉強の効用について問われたので、これを機会に自分がなんで勉強していたのかをまとめておいた方が良いなって思うようになった。自分で言ってみてはあれだが、「なんの為に勉強をするのか」という問いに対して、万人にウケる答えを僕が用意できるとは思っていない。僕が対象にしている人は基本的に大学1~3年生、もしくは高校生に向けて書いているつもりになっているので、大学を卒業している人や社会人の人が読んでも実りがあるとはいえないかもしれない。僕よりも勉強をしっかりやってきた人にとってはそんなことも知らないのかと言われてしまうことがあるかもしれない。

また、自分自身も答えが出ていないから勉強を続けているという側面もあると思う。というよりそもそも、勉強というのは何かの目的があってはじめて続けるものなのか、というのも疑問である。効果がないからやらない、ということが起きないようにするためにも勉強は必要なのだが、勉強をしないことにはわからない。

これらのことをうまい具合に論理立てて説明するのは少し難しいな、と感じている為、多少論理構造がずれることもあるかとは思うけど、そこは指摘していただけたら嬉しい。もっともっと、勉強をするということはどういうことか、というのを小玉たちと話しておけばよかったな〜。

 

まず僕が大学に戻って勉強をしよう、と思った経緯について説明をすると、そもそも僕は「クソみたいな大学を中退して働くぜ!」と言っていた人間だった。はっきりいって僕も学問に対しては蕁麻疹がでるくらいには"苦手意識"のある人間だったのだ。
中学生のときから「なんの為に勉強をするんだし」と思いながら全く先生の言うことを聞かなかったし、偏差値48の都立高校で学年最下位争いをしていた僕が高2の春に大学受験を決意したのも、「今だけはお前ら(身の回りの大人や社会的な常識)の言うとおりにしてやんよ」くらいの気持ちだったから、生まれたときから「あっ勉強って楽しいな?」って思っていたような人間でなかったことを知っておいてほしい。だからこそ、勉強をしなかった自分に憎しみと後悔を込めて、「勉強したほうが本当に良い」っていうようになっていった。
じゃあそんな反知性主義者がどうして勉強しようという気になったのか、というと、
「実際に働いてみてわかる、なにもわからなさ」にぶち当たったのが非常に大きい。
「社会を良くするビジネスプランを練るぜ!」と意気込んでみたところで、世の中がどのようなルールで動いているのかをよく理解しないまま考えていても相当早い段階で「まじでこれ以上は本当にわからん」っていう壁にぶち当たる。この壁に対して気合で乗り切るっていうのもひとつの方法だったのかもしれないけど、当時の自分には赤字垂れ流しても行先の見えない戦いを3年続けて死なないと言えるだけの自信がなかった。
加えて、今の社会は本当に、「明日なにかが大きく変わってもおかしくない」ってレベルで未来を見通すのが困難になっていると感じていた。それこそ10年前とかなら「HTMLCSS書けます!」といえばITリテラシー高めの人だったかもしれないし、「なんかインターネットって来てんじゃね?」っていって何かしらを始めればなにかの成果が出るような時代だったのかもしれない。インターネットとモバイルの波があったと思うし、その波に乗ることがどうやら成功確率を大幅に上げていたっぽい。だからもしそうだとしたら、波が何時くるのか、その波に乗るにはどうしたらいいのか、を理解して行動に移せるようになることがなによりもまず自分にとって重要なのではないかと思った。しかし重要そうなのはわかっても、高度な専門性の必要性と複雑さの増した社会でビジネスをするのは尋常じゃなく難度が上がっている。しかも今起きている波が今はまだなんなのかわからん。今は資本を持っている会社や独占がうまくできている先行プレイヤーに追い風となっている感じがなんとなくしてる。ともあれ、今の自分に出来ることのなさに絶望したので、就職するとか修行するとかいってる前に、もっと根源的な基礎能力を高めないことにはどうしようもないな〜と思うようになったということだった。

こう書いてみて思うのけど、やっぱり僕は元反知性主義者だったので、「何の為に勉強をするのか」という理由が合理的に腹落ちしていない限り、勉強しなかった人間だったと思う。だからこそ、何の為に勉強をしたほうが良いのかについて、出来る限り伝わってもらえると良いなって思う。
しかし大前提として、僕は「何の為に勉強をするのか」という問いを立てる段階から既に勉強は始まっていると思っている。だから何のために?と聞かれたら本当は「自分で考えろ」って言いたいところなんだけど笑
ところで、ぼくたちはなぜ「勉強する」ということに対してこんなに否定的なのだろうか。そもそも勉強とはなんなのか・・・

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

べん‐きょう〔‐キヤウ〕【勉強】[名](スル)
1 学問や技芸などを学ぶこと。「徹夜で勉強する」「音楽を勉強する」
2 物事に精を出すこと。努力すること。
3 経験を積むこと。「今度の仕事はいい勉強になった

前提として、勉強という言葉を語るのに重要なのは主体性・自発性だと思っている。
僕たちが勉強という言葉を聞く時というのは「勉強しなさい」という"しなさい"という強制、命令が組み合わさっているように感じていると仮定する。これは親がいう言葉、先生のいう言葉、大人がいう言葉が命令口調であることによるものの可能性が高い。その結果として「しなければならないもの」であり「させられているもの」であると僕たちは感じるようになってしまった。もちろん幼少期から勉強を強制させられたこともなければ自ら勉強をするようになった人もいるとして。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


これを踏まえた上で、僕は自分でする勉強について話すことにしたい。もっと言えば、
「自分で問いを立てて自分で調べて考えて自分で答えを出す」
という一連の作業を"勉強"と呼ぶことにしたい。その為、僕にとって"勉強"とはなによりも「問いを立てる」ということ。「問いを立てる」ということは疑問を持つということ。疑問というのは好奇心と結びついている。好奇心というのは物事を前向きに捉えること。前向きというのは良し悪しではなく、スタンスの問題。


ここで言いたいことがひとつできたのだけど、勉強というのは自らの問いに自らで答えていくものなので、勿論対話を通したりや教えてもらうことで効率化を図ることはあるけど、中高や大学の機関がイマイチだからといって君が勉強をしなくていい理由にはならないし、大学を叩いて自分が賢くなった気になるのは違うと思っている。単純に「君が大学を有効活用できなかった」のだ。
勿論僕も大学の在り方についてこうしたほうがいいと思うこともあるし、大学の腐敗が起きている理由のひとつに代謝の悪さと既得権益化が起きていることを指摘したいが、それはここで話すことではないのでトピックの提示に留める。あくまで建設的に。

  

さて、「なんの為に勉強するのか」という問いに僕が答えるとしたら、だいたい3つくらい出発点がある。中でもパワーワードなのは

「搾取されない人間になるため」

人間社会というのは「情報の非対称性」と「力の不均衡」を利用して自己利益を拡大していく営みがある。「情報の非対称性」というのは、相手は知らないが自分だけは知っている状態である。
自分達だけが知っている情報を生み出してしまえば、モノの値段を自由に設定することができる。値段を自由に設定することができれば、適性価格よりも多くの金額を設定して売りに出すことができる。ビジネスでは「いかに情報の非対称性を生み出し、情報の提供またはサービスやモノの提供を行うか」をやるとなかなか儲かる。

これはまた別の例だが、かなり極悪な行為のうちのひとつに「紙幣をバレないように刷る」ということがある。これを利用して通貨発行益を稼ぐことができる。正確な情報を得ることが出来ていないのと、経済は結構雑魚なのでイマイチわからんのだけど、お金を刷っていることが僕達にわからなければ、インフレは多分起こらない。ってなったときに「そんなことを政府がするわけない!」って言う人がいるかもしれないが、果たしてそう言い切れるだろうか? 日本史でも出て来る金の含有量を調整したらインフレ起きてやばかった事件とかが現実に起きていることは歴史上で確認できる。ただこの事実を知っていれば「もしかしたらしているかもしれないし、していないかもしれない」という可能性を観点として出せるようになるし、似たようなことを企業はしている可能性に転用して考える力を身につけられる。ぶっちゃけインサイダー取引とか本気だせばバレなさそうだし、株価を調整して身内で絶対に上がる株を売買するみたいなこと、違法だけどやってる人達はいるだろう。最近話題の森友学園もおんなじようなことをしているから問題になっているし。


「力の不均衡」もえぐい。労働者は資本を自分の身体以外に持たないため、自分の時間と能力を市場で売り買いしているが、資本家は土地やお金や労働を売り買いすることによって労せず資本を増殖させていくことができる。また、経営者と労働者の関係も不均衡だ。給料の設定は経営者が行うが、時間あたりいくらもらうのが対等な関係であるのかがよくわからないし、労働者の代わりはいくらでも利いてしまう側面があるので、文句を言ったら仕事を与えてもらえない可能性がある。仕事がもらえなくなったら労働者は生活ができずに困るが、労働者一人がボイコットして急に仕事にこなくなっても、労働者ほど経営者は困らない。

これは特に重要な2つだと感じているけど、法律や税制も、「マイナススタートで知って初めて0」という情報の非対称性が起きている。生まれたときから情報の非対称性が起きているといって良い。如何に税金の控除を受けるかとか、如何に税金を支払わずに済むように手続きができるようになるか、とか、如何に法律の抜け穴をみつけることができるか、が割と大事。自分はこの2つに対しては「そうなんだ〜」くらいにしか思えてないので詳しい人は教えてほしい笑
とはいえ、こういったものは国家で決めていることなので、民主主義国家であれば「消費税増税します!」っていう法案に対して国民がノーといえば増税されることはない。ただ今問題になっているのはメディアを活用した情報・印象操作によってマジョリティを扇動して自分達の思い通りに法案を通そうとしたり、重要な法案をメディアで報道しないようにすることによって国民が気づかないままやばそうな法案が通ってしまうことだと思う。今でいうと共謀罪とか。自分で正しいと思う判断ができる人をエリートと呼ぶとして、今の日本にそうした人がどれほどいるだろうか。僕はそういう判断がまだできる状態にないのでエリートであるとは言えないと思うけど、エリートが少数派になったり、本当は正しかった人がマイノリティになると、民主主義は腐敗速度をめっちゃんこ加速させる可能性がある。これが今言われている民主主義のダメなところ、とされているけど僕個人が思うに、叩かれるべきは「制度を悪用すること」だと思うんだよなあ。

2つめにある僕なりの答えは
「自由に近づくため」
だった。

よく受けていた授業の先生が言っていたのだけど、
「経済的自立、社会的自立、思想的自立の中で、最後のものを身に付けなさい」
僕はこの言葉からかなり影響を受けている。
1つめにもあるけど、基本的にこの世の中はみんなが自分の利益を最大化するように動いている状態が前提であり、実際にその通りになっていればwin-winだよね。っていうルールに基づいて動いている。だからこのルールに則って「自分の利益を最大化させてやんぜ!」といって動いている人たちというのは健全な人たちなのかもしれない。
こういう表立ったルールがあればいいのだけど、世の中にはルールとして明文化されてないけど実はルールとなっていたルールが数多く存在する。ぼくはそれを「社会的通念」と呼んでいるが、例えば「みんなが残業してたら自分も残業しよう」とか、「大学にいくのが当たり前」とか「大企業にいったら幸せになれる」とか「おしゃれな街ランキング1位吉祥寺♡」とか「浮気はダメ、ゼッタイ」とか
考えてみたらだれが決めたのかわからないんだけど、なんか暗黙の了解事項になっていることに対して、「それって本当なの?」
っていう問いを向けられることっていうのが個人的にすごい重要だと思っている。
それに、さっきも言ったとおり、どうやったらお金を儲けることができるようになるか、という能力も勉強をすれば身につくので、「経済的自由」に近づくことができるはず。悪いことはしなくていい。例えば地政学的に、時代背景的に、どこにいくら投資すると何年でいくらリターンが得られるか、という答えを出せるようになれば、お金に困ることはなくなるのかもしれないと仮説を立てて頑張っている。

 

3つめの答えは
「能力向上のため」

僕の場合は人間的成長をすることに関心があるので、学問的な勉強も、社会的な勉強もだいたいなんでも好きなんだけど、特に学問的な勉強で得られる脳のビルドアップに効果があると思っている。高度な専門性に耐えうる基礎知識を習得し、複雑化した社会を見通し、自分で問いを設定し、自らその問いを解き、次の時代の価値を生み出すことの出来る能力を僕は身につけたかったし、その点で言うと悪くない成長曲線だった。
また、僕の指向性として、RPGなどのゲームではなによりもまず、レベルアップごとに全ての能力が+1あがるようなパッシブスキルを好んでいたし、実生活でもそうしてきた。そのせいかわからないけど、なにかテクニカルな武器があるかといえばないので、現状はただのポテンシャル人間でしかない。同期にはゴミムシと呼ばれている。
でも、もしかしたらゴミムシになるかもだけど、そうやって自分の能力を出来る限り指数関数的に伸ばせるように順序立てて考えるとするならば、まずは脳科学かなにかを勉強して、人間の脳はどのように学習をするのか、どのように学習すると効率が良いのか、を理解してから学習を進めていくようにすると良さそう。次に純粋な思考力を上げる訓練をして、経験値が通常50しか入らない出来事から500経験値を得られるようにしてから進んでいくことが出来たら、とても良い気がする。

 

 

 

これが僕個人の思う勉強する理由で、大学の学問体系に沿って僕のしてきたことっぽいことをまとめるとこんな感じになると思う

- - - - - - - - - - - - -
【分類】
- - - - - - - - - - - - -

【分野】オススメ度+やりこんだ度

やったこと




コメント

 

- - - - - - - - - - - - -
【人文科学】
- - - - - - - - - - - - -
人間・人為の所産 (arts) を研究の対象とする学問

【哲学】★★★★★

やったこと
・問いを立てて考える
・哲学系の本を読む
・ネットで調べまくる
哲学史をみる

例えば純粋理性批判をゴリゴリ読んだとか、存在と時間を読んだとか、そういうことをしていたわけではなく、そういうのはネットに落ちてる解説とかをヒントに考えるテーマを拾ってそれについて四六時中考えるっていうのが基本的な日常だった。

【文学】★☆☆☆☆
やったこと
・近代日本文学の名作をちょろっと読む
村上春樹をひたすら読む
・思考

文学に対して学問的な教養があるわけではなかったので、芸術的表現がどうとかそういうことはわからない。でも小説を読む意義みたいなことはある程度語れるようになった気がする。目的がない限り本を読むことはないのだけど、小説に描かれる心理描写から人の共感性を高める訓練はできると確信していたし、人間の浅はかさやエゴといった負の部分に考察を入れる意味でも◎に感じる。あとは適切なコミュニケーションを学ぶことなど。村上春樹は自分にとってまさにライフハックだった。

【宗教】★★☆☆☆
やったこと
・ひらすらネットで調べる

人間社会を理解する上で宗教を学ぶということは割と切っても切り離せないと思ったのがきっかけだし、対立や思想の原点がどういったものかに興味が湧いて調べるようになった。幸せとは何かという問いに答えを出す為には宗教を学ばないことには始まらなかったので、自分の煩悩や執着をなくしていく試みを通して公益の最大化を人間が美徳とできるのかどうかを知るために毎日自分と向き合い続けた。結果として幸せになるためには死ぬしかねーなって結論になったのでそこそこ病んだしそこそこ満足した。

【芸術】★☆☆☆☆
やったこと
・美術館にいく
・演劇を観る
・映画を観る

人間としての感性を鍛えていきたいなーと思っていたので、お誘いがあったら積極的に行ってみたのだけど、これが結構よかった。特に演劇は面白い。人間の精神を昇華するひとつの表現方法として芸術というのが存在していると思うのだけど、そこからなにを読み取ることができるかというのを頑張ってた。でもやっぱ絵画から学びを得るのはとても難しい。演劇のプロット、論理性、世界構築感にとてもハマった。

【教育】★★☆☆☆
やったこと
・人材育成系の本をひたすら読む
・人材育成としての活動を行う

これは特別座学で学んだことは少なかったように思う。
マネジメントやコーチングの本はひたすら読んでいただけかも。デュルケムやデューイが何を言っているかについてはよくわからない笑 本質としては自身をより良く教育するために学んだといった側面の方が強かったように思う。

【歴史】★★☆☆☆
やったこと
・世界史をさらっと学び直す
・興味のある部分を集中的に調べる

歴史ってジャンルにおいて最も興味が湧いたのがユダヤ迫害の歴史とお金の歴史だったので、その辺を重点的に学んだ。歴史を学ぶことの有用性は未来を見通す為に必要な原理を発見するところにあると思ってるので、もっと深く勉強していきたい。個人的にはユダヤ人関係については絶対に勉強した方がいいと思う。WW2が起きた根本的な理由のひとつなので。


【心理】★★★☆☆
・心理学の本をひたすら読む
・調べる
アドラーにハマったのもあったけど、自分の感情や自分というものをいかに理解するかという点でも結構重要だった。自分にはどういう感情が備わっているのか、どのような欲求があるのか、それらをどう対処するのが良いのか。フロムとアドラーを重点的に。アドラー教育心理学っぽい人なのでその点でいうと教育にも触れてるのかな。メンタリズムみたいなやつはどちらかというと行動経済学にはいるような感じ。影響力の武器とかファスト&スローや予想通りに不合理は個人的にそっちに括られてる。

- - - - - - - - - - - - -
【社会科学】
- - - - - - - - - - - - -
人間の社会の様々な面を科学的に探求する学術分野の総体

【政治】★★★★★
やったこと
・授業
・本をひたすら読む
・日常的な思考

政治学科だけど、政治の制度、例えば議院内閣制とか、大統領制とか、その違いや特徴について考えていく授業は受けていたとはいえ、あまり興味がなかった。
国際政治にもあまり興味が湧かなかったところがある。
自分が一番関心があった分野は政治思想って感じだと思う。概念というか。資本主義というものを理解する。とか、社会主義はなぜうまくいかなかったのかとか、マルクス主義マルクスを理解する、とか。特別な研究をしたというわけではないので、なんとも言えないんだけど。。
専攻していたという割には古典をあまり読んでいないので、そこに負い目が・・・
政治を勉強したというよりも、「理想社会を実現するためにはどうしたらいいのか」という問いをひたすら答えていった結果身についていったという感覚があるし、それで良かったように思う。

【経済】★★★★☆

やったこと
・本を読む

・いっぱい調べる
・日常的な思考

社会のルールを理解する為に必要なのでだいたいやる。とはいえミクロマクロをやったわけでもないので数式とか見せられると爆死する。多分この分野も経済"思想"の方を理解していった感じ。実学に近い計量政治学とか、金融工学とか、そっちの方が未着手なので多分やったほうがいいと思うんだけど、手が付けられてない状態。
文系大学生が専攻すべきは経済でサブウェポンが哲学だと結構本気で思ってる。

【社会】★★★☆☆

やったこと
・とくになにかをやった感じはしてない

社会学とはなにか、という問いに答えるのは難しいんだけど、今のところ、社会の構成に対して多様なアプローチで考え理解していくものだと思ってる。代表的なものに家族、文化、人口学、都市政策らへんがあった。切り口の多様さでいうと社会科学の中でも◎なんだけど、社会科学が科学しない要因はやっぱり仮説検証の出来なさ具合にあるなーと。。

【経営】★★☆☆☆

やったこと
・代表活動
・経営、戦略の本はしこたま読んだ
座学での勉強をしたかっていわれるとイマイチぴんとこないんだけど、結構実践知があるように感じてる。組織の本質とか、メリット・デメリットとか、組織活動のパフォーマンスを最大化するためにはどうしたほうが良さそうかとか、組織戦略をどう組んでいくのが良さそうか、みたいなところはちょっとわかる気がする。
所属していた組織の性質柄、人材の評価・配置には自信がついた。

- - - - - - - - - - - - -
【自然科学】
- - - - - - - - - - - - -
自然に属するもろもろの対象を取り扱い、その法則性を明らかにする学問


特になにかを勉強したわけではないけど、脳科学量子力学ってなんだろうとか、そういうのは本を読んだりいろいろしてた。イーロン・マスクも言っていたけど、物事の原理原則を突き詰めていくというのがかなり効果があって、その能力を養うのは数学と物理だなーと思う。これからは理系分野にも手を出していきたいと思いつつ・・・

 

能力のつけ方はT字型にしろ!とかN字にしろ!(?)とかなんかいわれてるけど、個人的にはピラミッド型にしていくのが好き。
バーベル型にするのも割と良いと思うんだけど、高度な専門性に耐えうる基本知識の習得が重要だと個人的には思っているので・・・・
そうなるとやっぱ数学がゴミみたいに出来ないマイナスをはやく解消したほうが良さそう・・・・・・・・・


ピラミッド型っていうのもやっぱり土台となるのは人文科学で、中間に社会科学、上段に自然科学、または実学としての経営学商学、経済学を身に着けていくのが良さそう。
ピラミッドを二次元に捉えるか三次元に捉えるかでいったら三次元の方が強そうだから、是非そうしたいんだけど、横と後ろに配置されるらしい学問がなにになるのかとか、それぞれの連関を理解した知識の結びつけがまだうまくいっていないので、そこが課題になってる感じがする。 

 

 

 

まとめ

勉強の効用について、何のために勉強するのかの動機は説明したけど、勉強してよかったと感じることについてはあまり話せていなかったように思う。
勉強してよかったと思うことのひとつに、「無知の知」を理解できたんじゃないかと思うところがある。
「自分たちが知っていることなどほとんどなかったのだ」と打ちのめされ、絶望した時に初めて門戸が開かれる扉があって、それを開けることができることで景色がまた一段と変わった印象があって。例えば「認識の限界」と呼んだり「知性の限界」と呼んだりしていたようなやつ。自分の愚かさに気づき、人間が理解出来ていることは殆どないことであったり、存在の証明をデカルトがしたっぽい感じになってるけどあんまうまくいってないことであったり、その中でかろうじて公理と呼んでいいことは物理法則だけであったり、現存する思想の中でも実存主義の立場に身を置いておく方がよさそうであったり・・・

自分の認識できる世界の狭さに気づいて、けれどもその世界を出来る限り広げていこうと思うときに主体的な勉強が始まったのかもしれない。

あと本来的に「勉強の意味とは」となったときに究極的な答えであり続けてほしいなって思うことは、「勉強の意味は人間的な成長を遂げることにある」ということ。トッドが長い人類の幼少期に終焉を迎えるといったように、知性の獲得を通じて、人間の愚かしいと言われている点を人間が相互扶助的に改善していくことが出来たらなあと思う。うん、それが一番大事かな~。


もうひとつ

これからの時代、何が必要だと思いますか?という問いに答えるとしたら、
「今自分が出している暫定解は"問いを立てる力"だよ」と答えると思う。
これから起きるだろうテクノロジーが人間の仕事を奪うっぽいという時代の流れの中で、代替されない可能性と、その能力習得の難しさや希少性を考えつつ、自分がどうやら得意らしく武器になりそうなこと、で考えていった結果、日常的にしていた「なぜなぜ?」が実は最も良さそうなんじゃないかなと。
確かにプログラミングのスキルがあることに越したことはないと思うし、自分も一通りやったのだけど、どう考えてもこのスキルを習得して武器にする頃にはプログラミングスキルが陳腐化しちゃってんじゃないかって思うし、陳腐化した時に食っていける人材はエンジニアの上流階級だけっぽいって考えると、自分がすべきことじゃないのかもしれないな〜って思うことがある。(それでもやったほうが良さそうなのにはかわりないんだけど・・・)
じゃあ自分って何をするのが一番いいんだろう、って考えた時に、中途半端な僕がすべきただひとつの仕事は、
文理、ビジネスアカデミックの中間地点にたつことの出来る人間になることなのではないか。
そういう風に思うようになってから、自分にしか出来ないことが出来るようになる為に、割とこのナゼナゼ能力に集中して時間を投下すべきだと思った。それは今までやっていたことを続けていけば良さそうだったので、とりあえずそういうことにしておいている。これは人によって違っていて良いし、違っているべきなんだけども。

 

とはいえやっぱり難しい。
「どうやったら日本の国内総生産量を増やせるか」
「どうやったら日本の雇用を安定させることができるか」
「どうやったら人々の能力を最大化し、適切な仕事を提供することができるか」

これらの問いに答えを出すのはまだまだ先の話かもしれない。