世界の輪郭に溶ける

私という概念をいかに物語り、私を捨象していくか

自己超越的な試みは自己破壊という痛みを伴う

最近自分の考えていることがみんなとズレ始めているような気がしてさみしいのと、いつからどうしてどう変わってしまったのかっていうのをまとめておきたくなったので書いていきます。ベースとなる考え方は変わっていないと思うんだけど、自分を含めた人間を…

共産資本主義の合流

ようやく卒論がほぼほぼ完成した感じになってきたので、1年かけて自分が何を明らかにしたくて、何を言いたかったのかについて書いていきたいと思います。以前のブログでも書いてたんですけど、もうちょいわかること増えました。 abhiniveza.hatenablog.com …

初恋の女の子が家の近くに越してきた

最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋の女の子が引っ越してきた。 彼女は社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じにな…

1-1 理想の社会が存在する場合、それはどのような社会か

私たちの生きている社会では、常に何かしらの問題が発生している。人類が誕生してから今日に至るまで、その問題の本質は変わっていない。すなわち、人間関係における問題である。 社会における問題の全てを人間関係だけに置き換えてしまうのは些か難しいので…

わからないが口癖になった日

「わかんないんだけど、〜〜かもしれない」って言うことが増えた。おそらく、その前に口癖になっていたのは「それって本当なの?」だったと思う。それって本当なの? ほとんど全てのものが本当にそうじゃないかもしれない。でもほとんど全てのものが本当にそ…

勉強の効用について

後輩に勉強の効用について問われたので、これを機会に自分がなんで勉強していたのかをまとめておいた方が良いなって思うようになった。自分で言ってみてはあれだが、「なんの為に勉強をするのか」という問いに対して、万人にウケる答えを僕が用意できるとは…

自由の代償は高い

ちょうど一年くらい前に一泊二日の沖縄旅行に行ったことがある。短期インターンの優勝祝いだった。そのときにたまたま知り合った別タームのインターン生がいた。はっきりいって、僕は彼を尊敬している。3月の、あれはまだ寒い冬が終わっていないかなってくら…

無知からの解放と人類の未来について

信じていた人に信じてもらえていないことっていうのは悲しいことのように思う。でも、大抵の場合において、信じている人に猜疑心を向けることというのは、信じていない人には疑いを向けることがないという点において、人を信じるというのはどうやら同時に疑…

風の歌を思いながら

文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ 村上春樹 (1979年)『風の歌を聴け』 文章を書くことは確かに僕にとっても、自己療養の手段にはならず、そのささやかな試みにしか過ぎない。 1 1ヶ月くらい前、大…